忍者ブログ

[PR]:Minoritenとこの

はるのにおい:Minoritenとこの


[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

はるのにおい

 お茶濁す意味も含めてオリジナル。っつーか卒論の短編一篇。
(・ω・)「卒論用は文体堅いけどラノベとかも書けるの?」
(゚∀゚)「卒論用に意識してるし、サイトの話はラノベみたいなもんじゃねーの」
(・ω・)「確かにあのキャッキャウフフな内容は卒論には出せないね」
 とマイファニーに言われてちょっとムッと来たからとかそんなじゃありません。ありませんとも。
 二月の下旬のその日も相変わらず寒くて、起きたときも僕らの足は絡まりあっていた。
 寒いとなかなか起きるのが辛くなるものだけど、トモエさんはそんな怠慢を許さない。本当に、ごくたまにしか。
 だから朝の散歩もいつも通り陽が昇り始める時間で、犬の散歩をする人やジャージ姿の老夫婦を時に追い越したり、時にすれ違ったりしながら歩いていく。
 けど、普段と少し違うことがあった。それは僕の隣で歩いているトモエさんの態度だ。
 トモエさんは大人しいからあまり心情の機微は表に出にくいけど、それでも動作の節々に、彼女が浮かれているのが僕にはよくわかった。
「トモエさん、トモエさん」
「なんでしょう、コータさん」
 声もどことなく弾んでいる。そんな彼女を見ると、僕もその嬉しさにわけもなく感染してしまう。
「どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」
「嬉しいだなんてそんなこと」
「けど顔に書いてありますよ。なにか嬉しいことがあるって」
「だったら当ててみて下さいな」
 それは難しい。僕は大げさにしかめっ面を作ると、トモエさんはくすくす笑った。
「折り込み広告は見ていませんよね」
「そもそもうちは新聞を取っていません」
「いい夢でも見ましたか」
「あいにく今日は夢も見ませんでした」
「じゃあこの後、何か予定でも」
「いいえ、何も」
 僕は大げさに肩をすくめて見せる。降参だ、と。
 そうすると、トモエさんはとても嬉しそうに、少し意地が悪そうに笑ってみせる。僕はそんなトモエさんの笑顔がとても好きだけれど、ちょっと挑発されているような気がして眉をしかめる。
「コータさんはわからないんですね。都会暮らしの人だから」
 不本意ながら、その通りなので僕はうなずく。すると、ますますトモエさんは自慢げな表情になる。
「もうすぐ春なんですよ」
「もう? けどまだ寒いし、まだ二月もようやく半ばを過ぎた頃だし……」
「さっきの路地を曲がったところで、春のにおいがしたんです。だからもうすぐ春が来るんです」
 その回答に、僕は驚き、次にそんなことを自慢に思う彼女を微笑ましく思う。
「どうしてそんなにおいがわかるんですか」
「春になるにおいがしたから、あたしにはわかるんです」
「はあ。けど、春のにおいってどんなにおいなんですか?」
「春のにおいは春のにおいです。ちょっと青臭いけど爽やかで、けど柔らかくてほんのり甘い感じ」
 ますます分からない。けれど、それがトモエさんの抱いている春のイメージなのだろうと受け止める。僕は、それだけでこの話題を打ち切ることにした。
 トモエさんは勝ち逃げ感覚を味わっているのか、普段以上に足取りがふわふわしている。まだ冷たいのに、早速春風と戯れるつもりらしい。
 そんな彼女を見ると、僕はこの人と一緒になれたことを誇らしく思う。二人とも自由業だし、両親や友人を頼れるほど皆に祝福されたわけではない。けれど、僕はトモエさんに今でも惹かれているし、そんな僕を彼女も受け入れてくれる。
 愛しているとは、だからこそ簡単に言いたくなかった。僕は彼女のことを想っているけれど、愛という響きは好かない。相手のことを丸ごと包み込むようなその言葉に、僕はどうしようもなく傲慢さを感じてしまうのだ。
 トモエさんはそんな、僕ごときが包み込めるような人じゃない。身体は小さくて繊細で、無理をしなくても僕の腕の中にきれいに納まるくらいの人だけれど、その心は僕が掴み取れるくらい小さくもないし簡単なかたちでもない。
「春のにおいか……どんなのだろう」
 僕の呟きに、トモエさんが目を瞬いてこちらを見る。
 その視線はまっすぐ過ぎて、思わず目をそらしたくなるくらい無遠慮で、だからこそ、やはり僕にはこの人を掴めない、象れない。けれど掴みたいし、象りたい欲望はある。
「じゃあ、コータさんもそのうちわかりますよ。春のにおい」
「わかりますか」
「わかりますね」
「根拠は?」
「こういうのは慣れですから」
「そういう問題かなあ」
「あたしにとっては。気がついたら、あ、これは春のにおいだなって思いましたから」
「そうですか……」
 相槌は打ったが、僕は内心違うんじゃないのかなと思う。
 気にしていればそのようなものは掴めるかもしれないが、それでもトモエさんが感じ取る春のにおいと、僕の感じ取る春のにおいは全く同じものではないだろう。それは芸術作品を見た感想に、細事に到るまで同一のものがないように。
 できれば僕だって、トモエさんの感じている全く同じものを感じ取りたいけれど。
「ねえ、コータさん」
「はい、なんでしょう」
「そりゃ無理だろう――なんて思ってません?」
 見破られてしまったか。
 僕は自分の頬を軽くつねって、すぐ自分の気持ちを表してしまう顔を叱咤する。
「けど、そう思いますよ」
 素直に答えると、トモエさんはちょっと俯いてから、花びらみたいに軽やかに数歩前を駆けていく。
「けど、あたしはコータさんにも春のにおい知ってほしいですよ。たとえ厳密には違うものであっても、春のにおいと感じるものがコータさんの中にもあればそれを知りたいですし」
 とても気軽な言葉だけど、それだけで僕はこの人のことを好きだと自覚する。僕がもっと大げさな人間だったら、多分眩暈を起こすか、その振りをするくらいに感動しているだろう。
「……トモエさん」
「はい」
「好きです」
 トモエさんはくすくす笑う。それくらいは知っていると言うように。
 その笑みが、僕の真剣な想いをまるで嘲笑っているように見えて、少し頭から余裕がなくなる。
「本当に好きなんです。言い足りないくらい」
「大げさですね」
 けれどそれが僕にとっての真実なんだと、言ってもきっと信じてもらえない。否、伝わらない。僕は焦りそうになる自分を堪えて、誤魔化すように笑う。
「……自分の想いを相手に伝えるのは、本当に難しいですね」
「そうですねえ。伝えることと知らせることは大違いですしね」
 トモエさんの言葉に、僕がまだ納得していないことを彼女は汲み取っているのだろう。けれど、今の口調は僕に対する嘲りは感じられなかった。
「けどそれでいいと思うなあ、あたしは。コータさんに、あたしの気持ちがそっくりそのまま伝わったら、あたしは怖いです」
「どうして?」
「だって失望されるかもしれないですもん。あたしは必死にコータさんのこと想っているつもりでも、コータさんに、自分への気持ちはこんなものかって思われるのは怖い」
 僕とは逆の方向のことに、トモエさんは恐れを抱いているのか。
「それは心配しなくていいと思いますよ。けど――そうだな、僕は、ずっとトモエさんと同じくらい好きでいたい」
 そうなれば、同じ想いを共有できるのに。相手も同じくらい自分のことを想っていると安心できるのに、現実はそうはならない。
「そうですね。同じくらい好きになるのが一番いいことだと思うけど、絶対同じにはならないでしょうね」
「ええ、僕はトモエさんと同じものを感じることさえできないんだから、きっと同じ想いになるのはもっと難しいことだろうと、思います」
けど、僕らはできれば同じものを感じ、同じ気持ちでいたいと願う。だからこそ、僕らはなんとか、好きな人に関しては悔しさや悲しさと無縁でいられる。
「まるで春のにおいみたいですね」
 僕が苦笑して呟くと、トモエさんはちょっと目を見張り、それから本当にそうみたいだと笑った。
「永遠に片想いだ」
「そうですねえ。けど、あたしはコータさんになら、死ぬまで片想いしてもいいと思いますよ」
 それは僕も同じだ。

 散歩と朝の買出しから帰る途中、トモエさんは先のほうに何かを見つけて立ち止まった。彼女の視線の先にいる、僕らを見てこっちに歩いてくる人物が誰だか分かり、僕は少し歩みを早めた。
「おはよう。朝からお二人とも仲がいいのねえ」
「おはようございます」
 僕が軽く会釈すると、お隣に住む老婦人は微笑んでくれた。
 毎回、あれやこれやと理由をつけて僕たちの世話を焼いてくれるこの人がいなければ、僕たちはとっくの昔に栄養失調で倒れていただろう。トモエさんは、この人のことがあまり好きではないらしいけれど。
「まだ寒いですね」
「そうねえ。けど、もう少しで暖かくなると思うわ」
 ふと、トモエさんが顔を上げる。僕もこの老婦人がトモエさんと同じようなことを言うことに少し驚いた。
「どうしてわかるんです?」
「だって木蓮の香りがするもの。ほら、あそこの公園に行く道を曲がったところ、咲いてたでしょ。あっちにお散歩してたなら見なかった?」
 思わずトモエさんを見ると、彼女は怖いくらいの無表情で老婦人を見ていた。硬直とも言えるその反応に、僕は彼女にしか感じ取れなかった春のにおいの正体を確信した。
「そうですか……だったらいいですね。じゃあ、僕らはこれで」
「ええ、お疲れ様」
 朝からお疲れ様だなんて変な言葉だと思いながら、トモエさんのほうを覗き見る。
 トモエさんはまだ衝撃から立ち直っていないらしい。明らかに落胆した様子に、けれど僕は少しだけ嬉しかった。
「春のにおいって、木蓮の香りなんですかね」
「…………わからないけど、春のにおいがする場所と、おばあさんが言っていた場所は同じでした」
「じゃあ明日、僕もあそこで鼻に意識を集中させておきます」
 僕を見上げたトモエさんに、慰めるように笑いかける。
「トモエさんだけの春のにおい、僕にもわかるチャンスですから」
PR

Comment

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード

Trackback

この記事のトラックバックURL:

プラグイン

カレンダー

06 2024/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

リンク

カテゴリー

バーコード

ブログ内検索

アーカイブ