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暗い城に赤い薔薇-1:Minoritenとこの


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暗い城に赤い薔薇-1

 彼の日常には寸文の狂いもない。
 魔王城に士官する中でも上位を意味する個室で起床し、そのまま身支度をしてから鍛錬場に向かい、軽く汗を流す。侍女たちのように、一日中仕えるべき相手がいない男であり、同時に彼は特殊な職に就いているため、他者から見ればかなり優雅なものだった。
 空腹になったところで朝食を摂り、それから仕事が始まる。とはいっても彼の仕事は常に役割があるわけでもなく、上司に顔を見せる以降は大抵、何をしても自由だった。とはいっても遊び惚けていいわけではない。魔王軍の新鋭として相応しい実力を持つこと、それだけが彼らに求められていた。
 言葉にすれば簡単だが、当然ながらその求められるレベルの高さは、魔族の中でもまだ若い彼らには厳しいものだった。それを知ったと同時に、短い盛りの時期と悟って鍛錬を適当に誤魔化す者もいれば、自分の長所のみをひたすら磨いていく者もいる。
 そして彼はその真面目な性格から、自分の能力を平均的に上げることを目標としていた。つまり、交渉術を磨き、知識を増やし、教養を身につけ、剣技を磨くことを、一日の内に少しずつ行っていたわけである。
「………は?」
 しかしその日は自己鍛錬などする暇もないと、間接的に上司の執務室で宣言された。
 その上司は、大魔王が勢威を奮っていた時代から、大魔王の長女である死神プラーナの片腕として働いていた古参の官である。当然、今この魔王城の主となった魔王と直接言葉を交わすことができる数少ないうちの一人でもある。
 珍しく驚いた表情のまま棒立ちになった部下の視線を浴びながら、老人は多少複雑な表情のままもう一度告げる。
「陛下のお客様に、城内をご案内して差し上げよ、と申しておるのだ」
「は……、しかし」
 我に返ったアシュレイは、姿勢を軽く正して上司に無言で訴えかけた。そんなことは自分のような立場の魔族がすべきではないだろう、それに相応しい仕事を受け持つ者がいるはずだと言いたいのだが、上司の態度は変わらない。否、彼の戸惑いを分かっていても、魔王の言葉に反論する気など起きないらしい。
「…陛下のご命令は絶対であらせられる。何より、件の客人は非常に大切な方であるそうだ。光栄に思うがよい」
 そう断言されてしまうと、真面目な彼は反論する気など根こそぎ奪われたも同然となる。反論したとしても、彼は自分が魔王を相手に直談判するほどの勇気と実力と精神を兼ね備えているとは思えなかった。
「……承知致しました。喜んでお受け致します」
「うむ。ここに、お客様の部屋と、案内すべき部屋を纏めた地図がある」
「…拝借致します。では、行って参ります」
 決まり文句で応えるも、言葉の端には力がない。それも仕方のないことだと思いながら、老人はまだ若く、同時に自分の実力を過信しているであろう青年の背中を見届ける。
 扉の閉まった音を聞くと同時に、老人は軽くため息を吐いた。
 青年の気持ちは分からなくはない。老人とて、魔族の権威を回復させた魔王直属の隠密部隊長に任命され、その手足となって更なる魔族の繁栄を手伝うものと思っていたのだ。しかし実際に今まで彼らが魔王から受けた任務は、魔族以上に魔力の高い人間の娘を見つけ出せだの、その娘を丁重に扱えだの、とてもではないが誇れる任務とは思えない。だがこれも魔王の考えあってこそだと老人は信じているが、若者たちはそうはいかず、高い能力ばかりを求められ、しかし見返りもなければ務め甲斐のある任務を与えられもしない状態に、覇気を折られ続けているのも事実だ。
 特に隊の中でも真面目だったアシュレイのことを思い出し、老人は再びため息を吐く。この任務が終わった後、彼から脱退を願われても仕方ないと腹を括りながら。
 真面目な性格のアシュレイは、魔王が求める武将としての総合能力においても鍛錬を怠らず、努力でもって近付こうとしている。そんな彼に、若い娘を浚って来いだの、女性を相手に城内を案内だのといった任務は、彼の隠密部隊の任務というイメージを裏切り続けるものに違いない。何よりこの任務に彼を選んだところで、失敗か、もしくは彼の敗北感に終わることを老人は予期していた。生真面目な青年が、女性を相手に優雅なエスコートや和んだ雰囲気作りなど出来はしないだろうからだ。
 尤も、自分の受け持つ部隊に、女性受けの良さそうな者など一人もいないことを思い出すと、老人は三度目のため息を吐く。――文句を言いたいわけではないが、本当に、魔王の考えがまったくもって分からなかった。
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