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暗い城に赤い薔薇-3:Minoritenとこの


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暗い城に赤い薔薇-3

「いってらっしゃいませ」
「呼び出しが来たら遠慮なくお願いね」
「はい」
 慎ましい侍女二人に見送られる彼女の態度は、なかなか様になっていた。そのやり取りだけならば、どこの令嬢だと思わんばかりの堂々たる態度だが、生憎アシュレイにはそうは見えない。腰が据わっているように見えながら、その言動は彼女の無気力さを表しているように受け止めた。
「まさかもう一度会うとは思わなかった」
「本気で言っているようには思えないな」
 侍女たちの視線から外れてしまうところまで歩き、初めて交わしたやり取りは、そんな乾いた空気を保った内容だった。先ほどまで滲むような優雅さを持っていた娘の表情も、今や疲れたような脱力感を滲ませた笑みに変わっている。
「まあね。……予感はしてたけど、案内役なんて能天気なもの、あなたがするとは思わなかった」
「それは私も同じだ」
 村娘をかどわかすような、誇りにはならないがあらゆる方面での力が必要な仕事となれば、確かに自分の置かれている隠密部隊が行ってもおかしくないことかもしれない。しかし、城内の案内はさすがに自分たちがすべき仕事ではないだろうとは、彼もそれまで思っていたことである。それを、彼女が疑問に思っても不自然ではない。
 アシュレイはちらと、隣に並ぶ娘を見る。
 桃色がかった金髪は上半分だけがきれいに編み込まれ、下半分は流してこの娘の髪の美しさを自然に見せている。手が入れられている部分は、細い三つ編みにしたあと、軽く団子にされていた。その髪を留める簪は、朝露が瑞々しく輝く、鮮やかな鮮血の薔薇の蕾だった。否、薔薇の一輪を模した簪である。鳩の血色の蕾は紅玉で、額は濃い翡翠。繋ぎの土台は金の茎で、蕾には丸い玻璃が雫を模して装着されていた。その簪一本だけで、貧困に喘ぐ農民一家を救済できるだろう。首筋までの黒いレースで覆われたワンピースは、当然絹で誂えている。漆黒の中にサッシュの役割を果たすコルセットは、牡丹のような淡い薄紅色を見せ、その衣装に華やぎを与えると同時に、基調の黒をより際立たせている。同時に露出が少なければ少ないほど、娘の肌の白さはますます映え、同時に濡れた赤い瞳や唇も尚一層美しく見せていた。
 その姿だけを見てみれば、娘は高位魔族の令嬢と言っても誰もが納得するに違いない。魔王の客人であるという言葉の裏に含んだ、艶美なものまで嗅ぎ分けるほどに美しいことは事実である。しかし、その魔力は娘の美しさを台無しに、もしくは際立たせるほど暴力的な勢いがあった。
 あれから何があったのかは知らないが、娘の魔力は更なる暴力性を増していた。黒々とした鎖のようなそれは、娘を源泉とするかの如く、怒涛のように周囲に霧散していく。魔力はその人物の心境を表すには相応しいものではないが、この娘が感情によってしか魔力を律していないことがよく分かる状況だった。そしてその感情が何を示すかといえば、諦念、憎悪、執着――全てが混ざりあい、本人にも整理する気がないような混沌を極めている。
 こんな状態の娘に魔王城の案内など聞く気があるのものか。そう心の底から疑問に思ったアシュレイではあるが、気休めでもいいから彼女の気持ちをどうにかすべく、周囲が動かねばならないことは事実らしい。
 手間がかかる娘だと思いながら、彼は先ほどの地図を思い出す。場の空気を和ませる術など持たない彼は、早々に案内だけを済ませることにした。既に、客人を持て成す気はないため、言葉遣いも義務的な敬語に変わる。
「では、大魔王崩御の現場である…封印の間から案内させて頂きます」
 心理状態はかなり混沌を呈している彼女でも、何かしら感じ入るものがあるらしい。一瞬眼光を鋭くして、引き締まった顔で軽く頷いた。その態度に、彼は内心安心する。
「他に見たい場所があれば、今のうちに言って下さい。そちらを優先します」
「別にないけど……ああ、女王に関する部屋があるなら、見たいかもね」
 苦笑を浮かべてそんな不可思議なことを言う。人魔の溝さえ実感しない無知な娘が、何故大陸を統一した女王のことを知っているのか。その要望に彼は少し面食らったが、一応と思い確認のために尋ねてみる。
「…その女王とは、このネウガードをヒロ様に譲渡したあの人間のことですか?」
「そう、その人間のこと。何かない?」
 そう言われても、当時の城内の様子など、アシュレイは知る由もない。コリーア教の騎士団が新生魔王軍を打ち破ったという凶報に、ネウガード全土が揺れていた時期だ。彼も、彼の一家も、カーシャに疎開する準備の最中だった。そのたった数ヵ月後、ルネージュ公国軍がシリニーグを追い払い、再び新生魔王軍にネウガードの統治権を譲り渡すというどんでん返しが起きたのだ。人々は歓喜の涙も感謝の言葉も出す暇もなく、その展開の速さに唖然とするだけだった。
 譲渡については当時から城に務めていた者に聞けば詳しかろうが、彼の知る限りではそれが確定している者など一人きり、アシュレイの上司その人しか見当がつかなかった。
 しかし、今から自分の職場にこの客人を連れて、上司に直接訪ねるなどと、厨房の裏を見せるような愚行である。かと言って、外に待たせておいて、何も知らない同僚が彼女をからかうようなことになっては恐ろしいことになるだろう。そしてまた、今から彼女の部屋に戻って待ってもらうのも時間の無駄となる。
 どうしたものかと考えている彼の表情は、よほど真剣なものだったのか。娘は軽く彼の顔を覗き込むと、軽く首を振った。
「別に当てがないならいいわよ。ただの好奇心だから」
「…あることにはあるが、手間がかかります。持て成す立場としては複雑な状況のもので」
「なるほどね。…じゃあ、他に行きたいところだけど」
 あるのかと反射的に訊きそうになり思わず彼は目を剥くが、それにも気付かず、娘は含み笑いと薄い期待を浮かべる。いつの間にかささくれ立った魔力は霧散していて、まさしく彼女の精神状態と魔力が繋がっているらしいことがよく分かった。
「前の…大魔王の娘の魔王軍。彼らが使ったような施設。軍議とか、鍛錬とか、そういうものはどこでやったの?」
 まさしく自分が今使っているような場所をずばりと言い当てた娘に、彼は軽く眩暈を覚えた。彼女の要求を叶えるには、どちらにせよ自分が個人的に利用している場に――つまり、同僚や、あの煩わしい先輩も利用するような場所に――行かなければならないらしい。
「失礼ですが、何ゆえ、そのようなところを見たいとお思いに?」
「前の大戦に興味があるから。ついでに、最近あった重大な事件の重要なところは普通、押さえておくべきでしょう」
 模範的な回答である。アシュレイからすれば異端とも思える価値観の彼女が言うと、多少にうそ臭いが。
 とにかく、無碍には断れない理由となると、案内せざるえない。盛大に吐息をつきたい気持ちを堪え、小さい吐息で紛らわせると、アシュレイは顔を上げた。
「分かりました。では案内致しますので、なるべく静かにお願いします」
 その奇妙な要求に彼女は軽く首を傾げたが、別に反論するつもりはないらしい。あくまで軽く頷いて、それから彼の背後に立った。
 自分の意図が全く相手に伝わっていないことは分かったが、それでもアシュレイは何も言わずに歩き出す。それは理由を言ったところで無駄だろうという、確定に近い予想が可能だからである。しかし、そうなってでも口止めすべきだと後に悔やむことになるほど、その要求は甘過ぎるとは、このとき彼は気付きもしなかった。
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