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いつか連れて行きたいと:Minoritenとこの


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いつか連れて行きたいと

 嫁 誕 !!

 つー訳でSSです。嫁出てきちゃいないがな!
 設定的にアブソとかジェネシスのことは一旦ポイしてもらえると嬉しい!

 懐かしい、熱い魔力の気配を感じ取り、彼女は書斎机から離れてふうと息を吐き出す。あれを肌で感じるだけで、一気に書類への集中力が失われたのは最早条件反射と言ってもいい。やってくる直前までなら別に机に向かっていても構わないかもしれないが、それにしたって大した誤差はないのだから、早々に諦めた方が早かろうなんてことさえ考えてしまう。
 部下の官司は生憎とそこまで魔力が強くないためか、急に仕事を投げ出して椅子にもたれかかる彼女を見て不思議そうな顔をする。そんな相手に彼女は今日はもうこれで仕舞いにすると言ってのけ、更に憐れな部下を混乱に陥らせた。
 けれど彼女の部下となってそう短くもない官司は、すぐに我に返ると眉根を寄せて残りの書類と彼女へと、交互に目を配る。
「……どうして、そんなことを仰られるんです。大きな問題が起こっている訳ではありません」
「今現在、起こっているからよ。多分、もう数分もしないうちに」
 そんな会話をしている最中でも相手は待ってくれやしない。それどころか、刻一刻と執務が強制的に打ち切られる合図は近付いているらしい。扉の向こうの物音が少しずつ大きくなってきて、そこでようやく官司が警戒に身構えた。
「な……何、を」
「下がっていなさい。こちらから喧嘩を売らなければ、相手も傷付けてきやしないわ」
「傷付け!?」
 執務室で聞くには物騒な発言に目を見張る官司に対し、彼女は軽く手を振って奥に下がるよう指示する。部下は彼女の身を案じているのだろう。心配そうな視線を送りながら一歩遠のいたそのときだった。控えの間から大の大人の悲鳴が聞こえた途端、次に乱暴な勢いでもって白い観音扉が開かれたのは。
「ひ……!」
 官司が腕に納めた書類を両手で抱きしめ、小さな悲鳴を上げる。怖がる部下に同情の視線をやった彼女はけれど、椅子に座ったまま粗暴な来訪者を出迎えた。
「こんな時間から来られるとは珍しい」
 穏やかな口調でいながら、刺々しさを隠しもせずに彼女は相手を睨み付ける。そんなつもりはなかったのだが観音扉の向こう側の、衛兵たちが甲冑姿のまま倒れている姿を見るとついそんな目つきになってしまったのだ。官司も同じものを見たらしいが、こちらは恐怖から倒れてしまったような物音が聞こえてきた。
「朝から深酒でもなさいましたか。健全な陰徳生活とは思えませんね」
「戯け」
 短く吐き捨てた来訪者は、女の姿をしていた。
 肩にかかるかかからないかの短い茶髪は、何故かもみあげだけ少し長い。花のように赤く鮮やかな瞳に雪よりも白い肌、そして顔の造形だけ見れば可憐とさえ言える耳の先が尖った魔族の女性は、しかし佇まいに異様なまでの威圧感と魔力を放ち、共和国の執政官を堂々と見下ろした。
「この瓶はまだ開けていない。ついでに言うと、酔ってもいない。何をどう見てそんな判断を下したのか知らないが、私に対する侮辱だぞそれは」
 黒くおぞましい形状の手の中にある透明な、否中身に気泡とちらちらと銀箔が浮かぶ硝子瓶を振りかざした女性は、彼女にそれの蓋の辺りを見せつける。針金で固定されたコルクは確かに上から更に銀紙で包まれており、見苦しく開封された形跡はなかった。
 だが彼女はちらとそれを眺めただけで、反省の色も見せず吐息をつく。
「ではもう少し大人しく入室していただけませんか。あなたがわたしのもとを訪ねる度に怪我人を出されるのは、この城の責任者の一人として非常に困ります」
「お前に会うだけで書類だの証明証だのと面倒な手続きが必要ないなら私もこんな手は使わん。……言われた通りにやっていたら明日明後日になる」
 短気を起こした女性の愚痴に、彼女はどうとも言えず眉間を親指で押さえる。そもそも彼女との謁見は城内勤めの役人でさえそんな気軽に出来るものではないのだ。相応の身分を捨てて完全な部外者となったこの魔族の女性が一日二日で会えた方がおかしいのだが、そこは全く気に留めていないのか。一時は国を治めていた身分の人物の言葉とは思えない単純さである。それとも、女性の時代はそうだったのか。
「……生憎と、今は国に仕える人数の桁が違いますので、それだけ手順も増えます。あなただけを特別扱いするとしてもまた、手順が……」
「もういい、わかった。お前の説教を聞くために来た訳ではない」
 うんざりした顔で手を振られ、彼女のこめかみに痛みが走る。この女性が傲岸不遜であることは前々から知っていたが、それを久々に思い知らされると偏頭痛も起きると言うものだ。むしろ、まだ陽も高いうちから来た辺り、以前に比べて厚かましさが増しているように思う。年寄りは賢者か愚者に分かれると聞くが、この人物は正しく――。
「そんな嫌そうな顔をするな。用が済んだらとっとと帰る」
 その用とやらが長く掛かれば意味がないと彼女は内心で反論しながら、女性が銀紙を破いて針金を解いていく様子を眺める。やはり執務室で酒盛りする気らしい。いつの間にか彼女の机の隅に、細いシャンパングラス二個が置かれていた。
 この量を一杯ならばまだ許せるのに、結局この人はボトルが空になるまで居座るのだろうと書斎机の上に膝を付きながら思い耽る彼女に、女性はどうした風の吹き回しか。瓶を彼女の眼前に置いて、軽く突き付ける。
「お前がやれ」
「……はい?」
 唖然とする彼女に、女性は机の上に腰を下ろしてこちらに身を捩った上でもう一度言う。
「お前がやれ。暇そうだからな」
「……コルク、ですか」
「ああ」
 平然と頷く女性に、彼女はふと頭を過ぎった復讐を、さして表情も変えることなく淡々と口に出す。
「いいんですか、額に直撃すると思いますけれど」
「そのくらいでお前の機嫌が直るなら安いものだ」
 機嫌を悪くさせている自覚はある訳か。彼女は面白くない返答に毒気を抜かれた気分になったため、突き出されたシャンパンを受け取ると吐息を一つ漏らしてからなるべく何もない天井と壁の境界に向け、親指に力を籠める。
 数秒後、執務室の沈黙を破ってぽん、と見事な音がすると、コルクは勢い良く飛んだものの障害物がなかったため緩い弧を描くだけで、絨毯に落ちた。
「ん」
 女性はシャンパングラスを差し出して、開封だけでなく酒を注がせたいらしい。最早数えることも億劫になってきた吐息をつきながら、彼女は求められるままにボトルを傾けて、適量をそれに注ぐ。
 彼女が節度を持って注いだためだろう。ロングスカートを逆さにしたような女性的なシルエットのシャンパングラスは、中身が透明度の高い炭酸水に銀箔がちらちらと舞う幻想的なものであるためか。如何にも乱雑な女性であっても鑑賞に堪えうる美しさを持っていた。
 女性の機嫌はそれで少しは良くなったらしい。口の端に薄い笑みを宿して、書斎机にぶら下がりながら彼女の方を改めて振り向く。
「では乾杯だ。私の友に」
「……はい?」
 急に出てきた友たる単語に、彼女の顔が怪訝に歪む。この女性が彼女を友と呼ぶなど、まず天地が引っくり返らない限りありえない話だ。一万歩譲って自分を友と捉えていたとしても、そもそもそんな扱いなど一度たりとも受けたことがない。
 彼女の顔付きに強い疑問を感じ取ったのだろう。女性は違う違うと首を振った。
「乾杯を捧げる相手は私の友人だ。お前はそれに付き合えばいい」
「……そうですか。では」
 疑問が尽きない彼女ではあるが、それでも一応納得の姿勢を見せてグラスを掲げる。逐一質問するのは後でもいいと彼女だってわかっているからだ。その辺りは女性も同じことを思っているらしく、速やかに女性のグラスと彼女のグラスが軽くぶつかり合う。
 甲高い音が執務室に響く余韻を鑑賞する間もなく、二人はシャンパンを口に運ぶ。
 一口飲んだ彼女は軽く目を見開いた。悪くない味わいだからだ。何の色もないから一見した際は炭酸水かと思ったがやはり白ワインがベースのそれは、様々な果実の風味を持ちつつも後味はすっきりしている。気泡が多いためか口当たりも軽く、さながら雪を口に含んだときのような感覚で。
「……あなたのご趣味のものとは、思えませんね」
 風味も癖も度数も強い酒を平気で飲むこの女性が選んだにしては、正反対の趣向だと思わされるシャンパンに、彼女はそんな感想を漏らす。その評価は女性にとって侮辱でもないのだろう。平然とした顔で一気に飲み干して、今度はやはり自分で注ぐ。
「そうだろうな。これを捧げる奴の好みを考えるとこうなっただけだ」
 成る程、と彼女は頷きもう一口。冷たくて繊細な泡が弾ける感覚は、ずっと机仕事をして軽く火照った身体には悪くない。味も風味もアルコールの濃度も好みだし、執務室で飲んでいなければ、このボトルを一本開けてもいいと思えるものだった。
「あなたのご友人は、私とお酒の趣味が合いそうです」
「横取りはせんでくれよ」
 わざとらしく口先を尖らせて女性は告げるも、その目は軽く沈んでいる。そんな目を見慣れた彼女は理由を直ちに察して、少しだけ自分の発言を後悔する。
「まあ……する機会もないがな」
 矢張りか。彼女はまたも嘆息するが、今度のものは自分へ向けた。
 そもそもが乾杯を、友人に直接捧げるのではなく自分のもとに来て代理で行わされた時点で悟れたはずだろうに。神経がささくれ立っていたとは言えそこに踏み込んでしまった自分を、彼女は軽く責め立てる。如何にもこの女性に苦しめられた過去があろうとも、そこに触れるべきではないだろうにと。
 彼女の沈痛な面持ちを見て、女性は軽く鼻で笑う。そんな反応は飽きたとでも言いたげだ。
「構わんさ、もう感傷を覚える年でもなくなった。お前も昔親しかった奴は随分減ったろう」
「……人間であれば、そうかもしれませんね」
 純粋な人間はすぐに老いる。肉体も能力も思考でさえも、半世紀もしないうちに萎れてしまうものが大半だ。世間から種族差別が薄れていき、また自らも区別はあっても差別はないと信じている彼女にとっても、それは純然たる事実として受け止めるしかない。それが嫌だから同じ種族の者としか付き合わないと言う者たちを、止める術がないのと同じく。
「けれど私は、まだ友の死に慣れません。あなたと違って、喪った年月が浅いからでしょうか」
「満足して逝ったならそう長くかからず穏やかに受け止められるさ。……問題は、そうでない方だが」
 苦い顔をしてシャンパンを煽る女性に、彼女は軽く目を見張る。この酒を捧げる女性の友とやらは、そうでなかったと言うのか。
「面倒なものだ。本人は満足して逝って、私も納得して逝かせて……それでも後悔も罪悪感も長いことへばり付く。どうして私はあんなことをしたんだろうと、理屈ではなく感覚で、ずっと引き摺っていた」
 戦場で出来た人間の友。それは確かにかけがえのない存在となるだろうし、だからこそ自分の手で命を刈り取ってしまえば深い傷として残るだろう。幸か不幸かそんな存在は、義妹のことを引き摺り続けていた当時の彼女にはなかったが。否、いたことはいたがそんな終末は迎えなかったか。
「……それでも、割り切れるようになったのならば十分かと」
 苦しいフォローだと自覚しながら何とか言葉を搾り出した彼女の奮闘を、女性ははは、と笑う。笑いながら、シャンパンで唇を濡らす。
「下手糞な慰めだな。……ま、私も格好を付けはしたが、あいつの誕生日を祝えるようになったのはここ数年だ。そんな慰めを受けるくらいが丁度いいのかもしれない」
 褒められたんだか貶されたんだか。どうとも取れない物言いに、彼女は眉を軽く顰める。ついでに一口飲むと、もう空になっていた。ややも迷うが、やはり味わいが魅力的なのでボトルを渡して貰う。
 量を慎重に見極めながらグラスを満たしていく彼女の姿を眺めていた女性は、眺めたままの姿勢でぼんやりと唇を動かす。
「……昔な。あいつがまだ生きていた頃、貰ったんだ。私の誕生日祝いを」
「そうですか」
「トータスブルグ産のワイン樽。丁寧にもお口に合いませんでしたらごめんなさいの手紙付きで。人間の国にしか流通していないものだし、調べさせたら高級品だったし、私は赤が好きだから丁度いいと思ったんだろう」
 友人にワインを樽で送るとは。一時大戦の頃とは言えどんな豪快な祝いの品だと思った彼女は、驚きの表情を隠しもせず女性に尋ねる。
「そんな時から、蟒蛇(うわばみ)でいらしたんですか」
「いいや? 食事の際に嗜む程度だ。むしろ弱かった。しかし、あいつのお陰かな。飲むようになったのは」
 つまり、その人物こそがこんな状況を作り上げた原因なのか。感傷的な気分から一転、急にその名も知らぬ恐らく女性であろう人間に文句の一つや二つくれてやりたくなった彼女を綺麗に無視して、女性はわざとらしい顰め面を作る。
「あいつのくれたそのワインは、まあ高いからこそだが、当時の私にとって酷く渋くて苦くてな。一口飲んで止めたくなったが、部下どもが美味い美味いと抜かすものだからつい対抗意識を燃やしてしまってたらふく飲んだ」
 つまり、酒の苦味を苦いとして捉える時期からそんな濃厚なものを飲んでしまった末路がこうな訳か。半ば納得した彼女は、はあ、と気の抜けた相槌を打って唇を舐める。
「次の日は地獄だ。頭は割れるように痛いし、吐き気は常にあるし、力が入らないしろくに頭も回らない。部下どもは笑ったり同情したりはするが休ませもしない。本当に、散々だった」
 言い切ったはずなのに、シャンパンを口に含んだ女性の表情は奇妙に穏やかだ。しかしそれはもう手の届かない思い出の話だからかもしれないから、彼女は何も言わないままグラスを口に運ぶ。
「だが、私は律儀だからな。贈られた以上は私が処理せねばならないものだ。半年だったか。そのくらい時間をかけて飲んだ」
「それは律儀ではなく吝嗇(けち)では」
「人の話に冷や水を掛けるな」
 彼女としては冷静な指摘であっても、女性にとってはそうではないらしい。ボトルを傾けたままぴしゃりと言い切られて、何とも言えなくなった彼女は黙ってシャンパンを飲む。多少ペースが早くなってしまっていたが、このくらいならまだ酔わないので気にしないことにする。
「気付けば随分強くなっていた。甘口はもともと好きだったが辛口もいけるようになって、果実酒以外にも色んなものを試せるようになって……二日酔いで礼の手紙を出そうとしたとき、愚痴ばかりになるから止めた自分の賢明さを褒め称えたくらいだ」
 今でもそれについては賢明な判断だと思っているのだろう。心なしか自慢げな表情で薄く笑う女性の横顔は、妙齢の女性と言うよりもっと幼く、十歳もそこそこの子どものような印象を受ける。緩みかける口元を堪えると、彼女は誤魔化し目的で透明な硝子瓶を女性の手から掻っ攫う。
「礼の手紙はきちんと出したが、あいつの誕生日祝いは何を贈るのかは伏せておいた」
 立てた人差し指を唇に押し当てる女性の仕草に、彼女は理解する。つまり、それがこれ――炭酸水めいた透明度の、銀粉入りのシャンパン――なのだろう、と。尤も、このボトルそのものを贈るかどうかはわからないが、それでも酒を贈り返そうとしていたのだろう。
「お贈り、したんですか?」
 まさかとは思うがその友人の生前に渡せなかったのかと問いかける彼女に、女性は緩く首を横に振る。意味は明白だ。彼女が知らず、表情を硬くしてしまうくらい。
「それから面倒ごとばかり起きて、あいつの誕生日を気にしていられる余裕はなくなった。気付けばあいつは、……あいつだけじゃなく、沢山私の、好きだった奴らがいなくなっていて……」
 グラスの残りを一気に煽ると、女性ははあと大きく息を吐き出す。そう言えばこのひとは、自分のように人の前でため息をつかないと彼女は今更ながらに気付く。
「ようやくだ。ようやく」
 呟いてから、女性は書斎机から滑るように降りる。それから振り向き彼女の側にあるボトルを、あの黒い手で大切そうに掴んで何故か彼女を睨み付けた。
「私はあいつがくれた樽ほどの量の酒を、あいつに捧げてやると決めた。随分遅れてしまったから、何倍返しかでもいいかもしれないがまずはそれが、最低限の礼儀だ」
「そうですか……」
 何と反応すればいいものか。内心では困りながらもその視線をひたと受け止める彼女に、女性はだから、と頷いて。
「お前も付き合え」
「…………ええ?」
 唐突な誘いに、彼女はそれまで流れていた深刻な空気を破って盛大に眉を顰める。しかし、本気で眼前の女性がそんなことを言う理由がわからなかったのだ。
「ちょっと……待って下さい。何故わたしですか。ヴァラノワールにもあなたの……」
「あいつらは精神年齢も含めてまだ若い。おまけに人間が多い。おまけに戦争で友人を喪った奴がいない。わかるな?」
「いえ……だからと言って、何故!?」
 最早悲鳴に近い声を漏らした彼女に、女性はけろりとした顔で肩を竦める。完全に、そこまで嫌がられる理由が全くわかっていない様子だ。
「別に構わんだろう。一年定期的に会う機会を設けたと思うくらいだ。どうせ一本丸々空ける訳じゃなし、そう長い時間もかからん」
 今ここに来て酒瓶一本を空ける気がないと教えられ、彼女は表に出さないものの割合に強く衝撃を受ける。こんなものでは女性は酔えないから冷静にそんなことを言えるのかもしれないが、裏を返せば捧げる相手はシャンパン程度楽に一本空ける女性がそこまでの忍耐力を発揮するに足る人物であると知らされて、彼女は心底感服する。
「……初めが肝心、か」
「主語がないな」
「ああはい、そうでしたね」
 獣の躾、などと言おうものなら半殺しにされかねないので敢えて言わなかっただけなのだが、そこは触れずに彼女は自分の非を認めて事を受け流す。
「まあとにかくだ。少しくらいならお前も付き合え。来る時期がわかれば下っ端どもも言い含め易かろう」
「……考えておきます」
 断れるなら断りたいものだが、唐突に来られるよりは確かにましだ。とは言えど二つ返事で引き受けるほどの気分にはなれない彼女はそんな言葉で結論を濁すが、女性の性格はそれをどう受け止めるか。明確と言えば明確だ。
「良し。では私は残りを捧げてから帰る」
「はあ」
 完全にその誘いに乗るものとして考えているような力強い女性の首肯に、彼女は生返事でしか反応出来ない。とりあえず今ここにはいない部下には相談しようと心に決めた彼女を尻目に、女性は床に何やら魔方陣を描いて。
「また、一年後にな」
 振り返り、茶目っ気のある笑みと共に一言残し消えていった。どうやら空間転移の陣らしいが、それを呆然と眺めていた彼女はふと冷静に思い立って、もういない相手に向かって叫ぶ。
「それが出来るならなんでそうやって来ないんです!?」
 あまりにその声が大きいからだろう。執務室に女性が足を踏み入れてから失神していたはずの官司が、ぴくりと動いた。


 珍しいことに、中天には雲一つない。それでも夏のように深い青ではなく、何処となく柔らかい水色の空が広がる荒野の中で、一人女性が立っていた。眼前には岩を砕いたような、少し大きい程度の砂塗れの石。
「……とりあえず、ここ数年は会う約束は取り付けた」
 手にしていた酒瓶を真逆さまにして石を酒で洗うと、女性はぽつりと呟く。
「苦しい理由付けだと、私も思っているよ。けど、出来ればあいつにも祝って欲しいからさ」
 穏やかな苦笑を浮かべていながら女性は、その石をまともに見ようとしない。ずっと俯いて、まるで眼前に誰かがいてその視線から逃れたがっているように。
「……けど、……うん」
 曖昧な声を漏らすと、女性は唇を舐めてから一度だけ大きく息を吸い込んだ。次に言うべき大切な言葉を、一気に出すために。
「ごめん、スノー、本当に」
 目をきつく閉じて、女性は謝る。力を込め過ぎた結果の仕草なのか、相手を直視出来なくてそうしてしまったのか、瞼の裏に見える微笑を浮かべた人物を、見据えているのか。
「遅れて、ごめん。来れなくて、ごめん。お前に、返せなくて、ごめん。ごめん、ごめん……」
 続く声は言葉にならない。砂塵と共に強風が舞って、女性の声を掻き消して。嗚咽と化したその声は、もうまともな言葉になっておらず。声で叫ぼうが心の中で叫ぼうが、どちらにしろ相手には、届いている確証など――。
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