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往けよ目指せよ彼女のもとへ(城壁塔編)-1:Minoritenとこの


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往けよ目指せよ彼女のもとへ(城壁塔編)-1

 鎖ちょっとキリいいとこで気分転換。

 さあ、本当に、17世紀前後の城の見取り図が欲しくなってきましたよ…!
 仲間たちが勝手口へ姿を消したのを見送ると、アデルは大きく吐息をついた。
 残っているのは彼女も含めてたったの四人。全員が成人もしていない、一行の中でも若い部類に入るその四人が、これから来襲するかもしれない――来襲するとしたら高い士気と意欲を持っているであろう――増援を、最後まで蹴散らせるかと言われれば否だろう。それは彼らのことを何も知らない人物からの評価ではなく、彼らの実力をよく知る人物たちとて、現状を見れば黙り込むしかない。そんな表情を、彼らがしていたからだ。
 仲間たちの姿が見えなくなった途端、彼らの表情は更に弛緩し、そこには普段の彼らの明るさや意志の強さはなかった。
 アルはぼんやりと口を開けたまま樹にももたれかかり蹲り、リディアは俯いたまま舗装された石畳の上に座り込む。
 アデルも似たような状態で、普段の凛とした彼女はそこにはいない。ただ今更やってきた傷の痛みがやたらと沁みて、他の仲間の姿がいないことがとてつもなく寂しくて、花も目に入らず花壇に座り込んだ。
 そうして、愚かしいほど当たり前に、後悔の念が襲ってきた。
 こんな人数で援軍などに立ち向かえるはずがない。時間稼ぎなんてできるはずがない。けれどそれ以上に、仲間に失望されるのが、やはりできなかったかと思われるのが怖い。降伏するのも嫌だ。死ぬよりましと思い、降伏したところで、援軍は自分たちを殺さずにいてくれるだろうか。否、殺すに決まっている。何せ今の自分たちは。
「悪人、なんだものね……」
 声に出して、その響きに滑稽さを感じて、思わず笑う。
 そう、自分たちは悪人だ。人魔の平和と秩序の象徴たる共和国の片翼ワルアンス城を混乱の渦に巻き込んだ元凶だ。実際に自分たちが元凶ではなくても、仲間であれば同一視される。自分が抵抗しなければまだ降伏の余地はあるかもしれないが、結局自分は抵抗したのだ。他の仲間たちと共に。モンスターを相手にするのと同じ、やらなければやられると思って。
 野蛮はどちらだ。罪深いのはどちらだ。犯罪者はどちらだ。
 いつかゼロスに放った言葉を思い出す。
 そういえば教官の一人が、いつか自分に苦言していたか。――そんなことを言うんじゃない。君の言葉は君に還る。いつかその言葉は君自身を傷つける。
 だってあのときは仕方なかった。両親は本当は殺されたと知り、憤らぬ子どもがどこにいるのだ。誰とも知らぬ、特定できぬ殺人者に向かい、人殺しと罵ることのどこが悪い。
 けれど彼女は、そう忠告した教官の言葉さえ、今はまともに向かい合えない。あなたの言うとおりでした、あたしは今こんなにも苦しんでいますと、悔い改めることもできない。
 じわじわと、彼女は自分の過去と自分の言葉に締め付けられている。痛めつけられている。けれどそれを振り払う気力も、無視する傲慢さも持ち合わせていない。
 半端なのだ。どこまでも。
 親の仇に惹かれてしまい、未来と過去の二つの感情に板ばさみになり、真実を否定して暴走した自分なのだから、こんな虚しい気持ちになるのは当たり前なのかもしれない。そう、だからこのまま援軍に殺されても、きっと当たり前の――――。
「ア」
 子どもの声が聞こえて、不意にアデルは顔を上げた。その真上に、本当に小さな、十にも満たないような子どもが、綺麗な紅色の瞳でアデルを見ていた。ぽとりと、ターバンを落として。蝙蝠のように木の枝に足を絡めた体勢のまま。
「ヘルメス…? あなた、ちょっと、な、何してるの…!」
 慌ててアデルは我に返り、ターバンを手に持って立ち上がる。どれだけ長い間自分は体を縮めていたのか、一瞬眩暈がしたが、今しも頭から地面に落ちそうになっている少女に比べれば危機などない。
 受け止めるように手を広げ、四人の中で最も幼い子どもを見る。
 けれど、そうされた少女のほうは、つぶらな瞳でアデルを見つめるだけで、別段危機感など感じていないらしい。小鳥のように首をかしげ、慌てた様子のアデルを見下ろしている。
「危ないから、早く、降りるか木に捕まるか…!」
 そう言われて、ようやく自分が何故心配されるか、その理由がわかったのだろう。ヘルメスは了承したと言うよりも、納得したように頷いて、鉄棒でもするかのように体を大きく一回転させ、そのまま見事に着地した。
 その十も行かぬ子どもとは思えない機敏な動きに、アデルは息を呑んだが、彼女がゼロスと同じ、ヒトゲノムの改造種であることを思い出し、自分の心配は杞憂であることを思い知らされる。しかし、それを露骨に示すのも憚られた。
「……エトヴァルトからあなたを任されたんだから、今度からああいう危険なことはしないでね?」
 しかし今のアデルたちの精神状態に比べれば、ヘルメスのほうが余程安定しているのだが、それにはアデルは触れないでいた。恥ずかしいし、今以上に自分がみっともなく感じてしまう。
 だが、ヘルメスにはそんな思慮などありはしないことを、アデルは知らない。
「ヘルメス、ヘーキ。アデル、ヤスンデオク」
「え……」
「ヘルメス、テキ、ヤッツケル。ヘルメス、ミハル」
「そんな、無理しなくていいのよ。あなたはまだ小さいんだし、あたしたちに任せてくれれば…」
「ミンナ、イマ、ヨワイ」
 そんな、ゼロス以上に直接的な言葉が、あどけなく幼い唇から発された。



 その日も、彼女の日常は忙殺の一言に付き、振り返れば仕事の一言で済ませたはずだった。たったの数十分前までは。
 近衛兵の一人が慌てた様子で執務室に現れ、賊の侵入を伝えたときは、何を慌てる必要があると思っていた。七年戦争時では、腹心の部下の反乱も、自軍から寝返った将からの襲撃も受けた身の上である。その程度のことならば、事務処理の一つとして処理できるだろうと思っていた。
 しかしその賊は、城門と兵舎を氷漬けにし、門衛棟を事実上壊滅させたのだという。これで動揺しないほうがおかしい。
「賊は何人だ。何故登城を許した」
 彼女の右手であり、影のように常に寄り添う鎧の魔族が、わずかに非難をこめた声で近衛兵にそう尋ねる。
 近衛兵は、自分の不手際ではないのだが、そう訂正する余裕さえ持たずにうなだれた。
「詳しい人数はわかっておりません…。しかし、検問所からの情報によると、二十人前後で、種族は獣人から天使まで様々であったとのこと。旅の一行であったようで…」
「何故詳しく調べぬ。袖の下でも受け取ったか」
「いえ、そのようなことは決して! ただ、総領と懇意であらせられるリーザ様とナイヅ様がいらっしゃいましたので…」
 その二人の名を聞いて、彼女は眉間に皺を寄せる。
 二人はその賊の一味なのか。それとも人質で、この城に入るため利用されたのか。それとも。
「その二人は確かに本人たちであったのか?」
「はい。衛兵たちは知りませんので総領へお伺いを立てたところ、文官の方が一人、自分はご両人とお会いしたことがあるのでご案内すると仰い…」
「その者が確認したのだな。以降、その者はどうした?」
「わかりませんが、恐らく、門衛棟で……」
「そうか…」
 ため息のようにそう呟いて、鎧の魔族は彼女に視線を送る。心配するなとも、困ったものだなとも、どちらにも取れる視線だった。
「賊の目的については?」
「それが、不明でして…。ただ、逃げ延びた者によりますと、先発隊のような魔族がいたようです。その魔族が率先して、兵を氷漬けにしていった、と…」
「氷漬け、な…。先ほども聞いたが、この結界が掛かった城内で氷漬けにできるほどの魔力を持つ者がいるなど、とてもではないが信じられぬ」
 信じたくないが、現状そう報告されているのだから仕方ない。
 しかし、氷漬けの報告ばかりが明確だということは、その魔族だけがやたらと動きを見せていることでもある。
「…リーザとナイヅは、その魔族に脅されている、と考えたほうが今のわたしには楽なようね」
「君の気持ちの問題で済むのならそうすればよい」
 それだけでは現状は回復しないのだから、と言いたげな鎧の魔族に、彼女は片眉を上げる。
「城門と兵舎を真っ先に潰したということは、狙いは本城にあると見ていいでしょうね。しかも短時間で目的を成そうとしている」
「その目的は十中八九、君の命。そうでなければ補佐官どもの命」
 宰相の口から告げられた完璧なクーデターに、近衛兵は生唾を飲み込んだ。逆に命を狙われているであろう彼女は、背中に冷たい汗を感じながらも薄く笑う。
「城門と兵舎を氷漬けにするくらいの気概がないと、わたしたちの命を獲れないということ。高く見られたようで嬉しいわ」
「帝国軍もそのくらい派手に実力を見せてくれれば、武者震いして迎え撃ったのだが」
「全くね」
 彼女は重い外套とペンをその場に置くと、鎧の魔族に目配せをする。以降の準備を任せるという意味で。
「補佐官たちは現在、どうしている」
「か、各自のお部屋にて執務を執り行っているはずです。既に、この情報は皆様の耳に入っているはずです」
「よかろう。では皆、玉座の間に集まるよう……」
「も、申し上げます! 本城の通用口が音信不通! 賊に制圧された模様です!」
 叫び声に近い報告に、落ち着きを取り戻していはずの最初の近衛兵が、大きく目を見張る。
「賊は本城に侵入してきた、ということ」
 私室に通じる扉のノブに手にかけた彼女が、大きなため息を一つ漏らした。
「着替える暇さえ与えてくれないのね、その賊とやらは」
「形式は重要だが、命ほど重要ではあるまい」
「そうね。けど、段取りがないのも考えものよ」
 彼女は青白い顔をした近衛兵二人を軽く見ると、そのまま冷静に見える、けれど血塗られたレイピアよりも鋭い輝きを持つ視線を向けて、彼らに告げた。
「ネバーランド共和国初代執政官として告げる。ワルアンス城は襲撃を受けた。援軍を呼べ。武装を許し、魔封じを解く」
 鎧の魔族は頷き、青白い顔をしていた二人の近衛兵は射抜かれたように畏まる。
「敵を迎え撃て。共和国の和を乱す謀反者を、血祭りに挙げよ」
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